乳がんの広がり、それすなわちステージの進行。「リンパ」はその鍵になってきます
「乳がん」と一口に言ってもその進行具合によって治療のあり方や方針は全く変わってきます。以前の記事でも、しこりの大きさや転移の具合によって乳がんを5つのステージに分けることができる…というお話をしました。
しかしそもそものその「転移」とは具体的にどうやって行われているのでしょうか?そこで重要になってくるのが今回のテーマである「リンパ」なのです。
リンパとは一体?
私たち体内では、網の目のように広がる「リンパ管」の中を「リンパ液(血液の中の血しょうと言う成分が血管外に染み出したもの)」なるものが常に巡っています。その中でもリンパ管の通り道にある卵型の節のことを「リンパ節」と言います。
これらを総称して「リンパ」というのですが、その役割は体内の老廃物の回収や排泄、細菌の退治などにあります。このリンパが滞ることによるむくみや肩こりを体感したことのある方も多いのでは?
乳がんにおけるリンパ
しかし乳がんを含む全てのがんと結びつけて考えた時、リンパというものは非常に恐ろしいにもなります、というのも、がんが発症した場所から全身に転移していく際の通り道こそがリンパになるからです。特に、リンパ節にがんが転移している場合は全身への転移につながる危険性が非常に高くなってしまいます。
乳がんにおいては、乳房に近いところにある腋窩リンパ節や鎖骨リンパ節の転移がまず疑われるケースが多く、これらの部位への転移の有無の検査が非常に重要になってきます。
リンパ節への転移と生存率の関係性
上の図では、脇の下にある腋窩リンパ節における転移個数と生存率との関連性を示したデータです。これを見てもわかるようにその相関性は明らか。早い段階で転移があるのかないのか、そしてどれくらいそれが進んでいるのか……を見極めることが患者の命を守ることに直結するといえますね。その転移のチェックの方法として昔から行われていた手法、そして新たに台頭してきた方法について深く学んでいきましょう。
リンパ節郭清による乳がん転移のチェック・除去
乳がんの転移の有無を探る方法としてよく行われていたのが「リンパ節郭清」という手法。これは、リンパ節が含まれる脂肪ごとにひとかたまりに切除することで、取り出したあとで脂肪の中に埋まっているリンパ節を検査、がん細胞の有無をチェックするものです。
乳がんの場合には、脇の下の腋窩リンパ節が最も乳房に近く、もし浸潤性乳がん(乳房の外に拡がったがん)で手術前の触診・画像診断でリンパ節転移を疑う場合はこの腋窩リンパ節を郭清します。
郭清における範囲の重要性
腋窩リンパ節の郭清においては、最も転移しやすい外側のレベルⅠから順に行います(レベルⅢまであります。)。郭清においては、どの範囲まで郭清を行ったか…という範囲が重要で、20年前くらいまではレベルⅠ~Ⅲという広い範囲にわたって郭清することが一般的でした(この場合、数十にわたるリンパ節を一気に取り除くことになります)。
しかし、広く郭清した場合には腕のむくみなどの後遺症が強く出ることも(この後遺症のことをリンパ浮腫といいます)。
ですので現在では郭清する範囲をレベルⅠ~Ⅱまでにとどめ、明らかな転移が認められる場合以外にはレベルⅢの郭清は行っていません。
センチネルリンパ節生検という新たな手法
リンパ浮腫のような後遺症をもたらす腋窩リンパ節郭清に代わり現在主流の転移検査法が「センチネルリンパ節生検」というもの。乳がんにおいて腋窩リンパ節は非常に近くにあるものの、必ずしもそこを経由して段階的に経由するわけではないため、後遺症の可能性もある郭清を省くための研究が進められた結果生まれた手法といえます。
センチネルリンパ節とは、リンパ管に入ったがん細胞が最初にたどり着いたリンパ節のことを言い、がんのリンパ節への転移を見張っているという意味で「見張りリンパ節」とも呼ばれます。このリンパ節を発見して、転移の有無を診断する方法を「センチネルリンパ節生検」といいます。
具体的には、体に害の少ない医療用の色素と被曝量の少ないアイソトープをしこり・乳りんの周りに注射し、これを目印にセンチネルリンパ節を探し出して摘出・転移の有無の確認を行います。
センチネルリンパ節生検のもたらしたメリット
1990年代に登場したこの手法によって、がんの転移の有無のチェックをより患者への負担を少なく行うことができるようになりました。がんの転移が認められた場合にのみ郭清を行うことができるわけですから、昔のように総当たり的に郭清を行う必要は無くなったのです。
ただし、すでに転移が確実にあると認められている、もしくはその可能性が高い患者さんについてはセンチネルリンパ節生検は適応とならず郭清を行うことになります。あくまで転移のチェックのための方法と捉えておけばよいでしょう。
センチネルリンパ節生検の費用・受けられる場所
センチネルリンパ節生検は当初、先進医療として導入されたため治療費は全額自己負担でしたが、2010年4月から保険適用を受けることとなりました。総額5~8万円の費用がかかりますので、自己負担としては3割の1.5~2.4万円ほどの費用となるでしょう。
また治療にあたっては、術中にセンチネルリンパ節を摘出・病理検査を行うこととなり、各分野の専門医が必要となります。また比較的新しい治療方法でもありますので新しい研究設備、新しい医療技術に精通した人材を有した医療機関で受けるのが望ましいでしょう。
「リンパ」、そしてそこを介した乳がんの「転移」は患者の生存率にも大きく関わる問題。いかに転移について検査するかは医療界においても大きな課題であり続けました。現在主流に行われているセンチネルリンパ節生検はまだ長期的なデータが出そろっているわけではありませんが、今後のさらなるデータの蓄積を通してその信頼性がさらに高まることを期待して良いでしょう。